さて、私の住む愛知県内の中学校は、
今も昔も修学旅行では東京へ行きます。
私の時代は、東京の中でも「原宿」に特別な憧れがありましたので、
とてもウキウキした気分を持って当日を迎えた覚えがあります。
その原宿で、私はTシャツをお土産に購入しました...
胸の箇所に、”漢字”で「原宿」と大きくプリントされた
とても格好良い?Tシャツを...
そして3年後18歳になった私は、
そのTシャツを颯爽と着用して地元の自動車教習所へ通った記憶があります。
その自動車教習所のある教官は、事有るごとに私を「原宿くん」と呼びました。
私は「原宿くん」と呼ばれる格好良さ?に、
自己陶酔していたのは言うまでもありません。
今考えると、田舎者丸出しのただのおバカさんみたいに感じますが、
当時の私は「俺は格好良い」と心から感じていました。
賢い人はこの時点で自分の恥ずかしさに気付くのですが、
鈍感な私は全く気付く気配すら感じませんでした。
40歳となった現在はさすがに着用する勇気はありませんが、
プリントが”漢字”ではなく”英語”であれば着用しても構わないでしょう。
「原宿」と「Harazyuku」...何故日本語だと格好悪く、
英語だと格好良く感じるのでしょうか?
これも、日本人の欧米に対する一種の嫉妬の表れと言えるのかもしれませんね。